あーとらんど ギャラリーでは、実在に徹した重厚な造形が繰り広げられる半抽象の静物画で知られている関 正和の新作油彩画の展覧会を開催致します。関は1933年に丸亀に生まれ、現在東京を拠点に活動しています。
関 正和が自由美術展に入選したのは1952年。その2年後21歳の時に上京し、当時自由美術家協会で中心的な作家として活躍していた27歳年上の井上長三郎(1906ー1995)に師事した。絵を描きたい一心で上京し、将来への大きな希望を携えてきた若い才能が井上にみたものは一体何だったのだろうか。それは、直接的には井上の描く絵そのものであったろうし、更には、その背後にある彼の生き方や絵に対する思想であったろうことは想像に難くない。そこで当時の井上が考えていたことを自身の画論集(註1)から拾ってみると、日本の油彩画家が抱えていた根本的な問題を井上が背負っていたことがわかる。
井上の絵画に対する考え方の基準は、セザンヌである。彼がセザンヌから学んだ事柄の一つは「絵」そのもので、自分の作品作りについては勿論のこと、他人の絵や過去の絵の見方にも役に立つという。とりわけ井上がセザンヌに見出したことは、「徹底した造型性」と「抽象的表現」である。それは、セザンヌが「古典の再現」を静物画で企て、「現実を深く捉える方法」として「幾何学的な筆致による抽象的な描き方」をしたという井上の理解である。
もう一つは、「セザンヌの造型を通じて近代の物の考え方、日本になかった19世紀の実証的な思想」を知ったのである。それは、セザンヌのように「個性的、主観的」であればあるほど「われわれの心を捉える」という「前向きの哲学」だった。井上はその「個人の尊厳・自我の確立」が未だに成立していない日本でも、個性や主観が獲得したものを「普遍化」することによって、セザンヌの造形を可能にすることが考えられないのか、自らの仕事として問うているのである。こうしてセザンヌを捉えた上での否定を通じて明日を創造することが井上の最終目標だったのである。
その井上に「実在に徹した重厚な造形が繰り広げられ、時に幻視的で自由な表現は既往の静物画の概念を拒否する」と評価されていた関 正和が、「日本人にしてはめずらしく、若いときからヨーロッパの絵画がよく吸収できた人」(註2)と井上のことを語っているのが印象深い。彼は井上の成し遂げられなかった日本の歴史的な課題を引き受け、新たな展開へと日々格闘している数少ない画家のひとりであろう。
今回の個展を前にして文章を書いていただきましたので、以下に紹介します。
「まくら」と「エッセイ」 (文:関 正和)
ここでいう「まくら」とは、落語で前置きにする話のこと。若手の噺家が盛んに力を入れてしゃべっているが、聞いていると、「まくら」は面白いのだが噺の本題に入ると少しも面白くない。気の効いた風なことをいって笑いをとっているが本題に入ると本格的に鍛えてないために噺が浮いてしまって味のない、テレビ受けしそうなものに終わっている。
近頃、横着して本を読まずに図書館から文学作品のテープを借りてきて聞いている。テープ化されたものだから開き直った本格的な文学作品にお目にかかることは少なく「エッセイ」的なものが多いのは仕方がないが、これも、前述の落語の「まくら」と同様に、いわゆる、「エッセイ」の厚みしかないものが多い。従来、「エッセイ」の優れたものは本格的な文学作品を凌ぐ鋭さと深みをもつものだが、残念なことにいわゆる「エッセイ」の域を出ない軽い内容のものが殆んどだ。この世界は絵画と違って、読者に受けると本が売れる。すると、一端の文学作品であるかの様な錯覚に陥る作家が多いのも事実だ。さて、美術の世界はどうだろう。これも、御多分に漏れず平面化、単純化、個性とかいうものの前面押し出しの傾向にある。現代の流行のスタイルに乗った思いつきの様なもの、これは、素人の域を出ない。しかし、今更開き直って厚着をした様な昔風のものに帰えることをいっているのではない。歴史をみても、どんな天才といわれる者でもその時代の大きな渦の中からはみ出すことはできない。古いものに飽きたらず苦労して掴みとった新しいものだ。その、大きな渦の中で仕事をしていい。むしろ、その中でいたからこそ革新的なものが得られる。セザンヌなどがそのいい例だ。彼が印象派の中でいたからこそ、最もむつかしい外光写生というものと格闘せざるを得なかったからあれだけの仕事ができたと思う。
新しい渦といっても、古いものを断ち切って急に湧いてきたものではない。どんな、斬新なものでも前のものとしっかり繋がっている。それを、無視して単に流行りに右へ倣えでは新しいうねりの中で仕事をする意味がない。
卑近な例がある。若い頃、一緒に仕事をしていた彼は、もたもたする仲間を尻目に常に、時代の先端を走っていた。その彼の作品を何十年振りに雑誌の挿絵で見て愕然とした。それは、彼の往年の作品からは想像もできない黴の生えたような厚ぼったいものだった。これは、単に年齢からくるものだろうか。違うと思う。
新しい渦をどうみるか、その渦の中でどう仕事をするのかの葛藤が出発点ではずれていたためだ。「まくら」も「エッセイ」も、本質にしっかり根ざしてないと流行りを追っかけるものだけに終わり、個人的なつぶやきや、個性的とかいうもの中に埋もれてしまう。時流に敏感であることは大切なことであると同時に非常に怖いことでもある。(以上)
今回の展覧会では小品から30号までの新作油彩画約30点を出品致します。是非ご高覧いただきますようご案内申し上げます。
敬具
(註1)井上長三郎『画論集』(画論集刊行会、1979年)
(註2)『座談会 井上長三郎を語る』(自由美術`96)
(文責:山下高志)
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